小笠原伯爵邸
 都営大江戸線・若松河田駅の出口を出て振り向くと、そこには約1000坪の敷地を誇るこの邸宅が。
 なぜか、とある忘年会をここで開催しようという話になり、3週間ぐらい前に予約を入れて当日を迎えた。予約の際に電話で何回かやりとりをしたのだが、内容の最終確認を含めて、いくつかのホームページで書かれているような、「実はあまり接遇がよくない」という事実はなかった。

 そして、当日になり予約時間に邸宅の玄関に到着すると、中から出てきた接遇の方から名前と人数の確認を受けて、背の高い玄関ドアから中に入る。中に入ると接遇の方によりコートを預かってもらい、番号札を受け取って案内されたのが伯爵家の正餐用食堂(2、3枚目の写真)。クリスマスシーズンということもあり、数々の装飾品も赤が基調となっている。なお、この食堂に置かれている大テーブルは、当時使用していた家具のうち、唯一現存するものとのこと。

 各人が注文した食前酒を飲んでいると、ディナーコースの最初の一品である「ハモン・イベリコ・ベジョタとパン・コン・トマテ」が運ばれてきた。実は、小笠原邸では料理の撮影が禁止されているという話を聞いていたので、この料理の写真はない。単純にバゲットの上にイベリコベジョタ(どんぐりを食べて育ったイベリコ豚の生ハム)が乗ったものなのだが、イベリコ豚の脂身は口に入れるとスッと溶けるような具合のもので、その溶けているときに旨みが広がる。また、フランスパンにトマトを塗ったパンコントマテの食感も、違和感なく軽いもの。というものなので、トマトが塗られているのが本当にわからないぐらいに、ハムの濃厚な味の印象が残る。

 最初の一品を食べたところで、接遇の方によりメインダイニングへと通された(4、5枚目)。この食堂はあくまでも待ち合わせや食前酒をいただくための部屋らしい。ちなみに、隣にあったかつての応接間では、生ピアノの演奏も行われていた。

 メインダイニングに通されると、本格的にコースが始まる。まずは、「オマール海老とフォアグラのパイ包み」。はっきり言ってしまうと、個々のポーションは非常に小さい。これも、約4×3センチ程度のもの。シェリー酒を使ったソースの甘みと、フォアグラのコクの組み合わせに、オマール海老のしっかりと弾力ある食感が組み合わさる。

 「鰯のマリネとレンズ豆のサラダ仕立て」は、半身分のイワシのマリネが、水菜等のサラダの上に乗ったもので、添えられているソースは、白ワインビネガーにハチミツとレモンをあわせたソース。このソースの酸味とイワシのマリネの酸味が組み合わさったものに、パブリカを混ぜた塩が加わって味を膨らませる。

 次に運ばれてきたのは「チョリソとひよこ豆のフラン」というもの。フランとは、スペインの茶碗蒸しのような料理で、この料理は卵の形をした器の中に、ヒヨコ豆が入ったフランが入っており、その上に葛でとろみを加えたチョリソーのダシがかかっている。更に、付属のスプーンにはチョリソーを乾燥させたようなものが乗せられており、これをフランにかける。味は、薄味が好きな自分にとってもかなり薄味。チョリソーの乾燥したものがかかってない部分を食べると、正直悩ましい。

 スープは「季節野菜のスープ」。ミルクピッチャーのような器に、ポワロねぎをベースにしたスープが入っている。味としてはいかにも上品な味というもの。土台はなんとなくポタージュ系なのだが、とろみはほとんどない。

 そして、ようやく魚料理。「鱈のコンフィとアンチョビソース」は、じっくりと焼かれた4センチ四方の立方体型の塩漬けの鱈に、トマトとオリーブ、そしてアンチョビが和えられたソース(とはいえ、液体ではなく、細かく刻まれたこれらが、鱈の上に乗っている)がかかっており、ここにマスカルポーネのソースが添えられている。鱈は弾力があり、噛めば噛むほどに塩漬けされた味がじんわりと広がってくる。これに、オリーブの味が強めに加わり、マスカルポーネのソースがコクを加えるというもの。

 コンフィを食べ終えたときに、ふと目の前のテーブルを見るとフラッシュ全開で料理の写真を撮影している方が目に入った。接遇の方に確認したところ「迷惑をかけなけらばいいですよ」とのこと。しまった…ということで、フラッシュをたかずに料理の写真を撮影することに。
 左上から、赤座海老のカルデレータ、鴨胸肉のオレンジソース・根菜のミルフィーユ、カルデロ、エクストラのチーズサーブ、洋梨のコンポート・サバイヨン、いちじくとプラムのタルト・バラのソルベ、小菓子。

 カルデレータは、漁師風の鍋料理という感じのもので、赤座海老と栗が入っている。ベースのスープそのものは海老のダシと塩が強めの味で、調理法もあるのだが、海老の食感が先に出たオマールとは全く異なり、弾力というよりは、よく煮込まれたというもの。ここに栗の食感とやわらかい甘さが加わっている。

 鴨胸肉のプレートの端の方には、オレンジ塩が乗せてありこれをかけて食べると、一本芯が通った味となる。また、ミルフィーユはビートやイモ等によるもので、食べると素朴な甘さが広がる。オレンジソースの甘さが強めなのに対して、この味が口を緩和させてくれる。

 カルデロは、米をシーフードのスープで煮込んだ料理で、リゾットのようなもの。パエリアで慣れている味なのでこれが一番食べやすい。また、米の硬さに「いかにも感」を感じた。
 
 エクストラのチーズは、スペインのチーズとフランスのチーズがワゴンによって運ばれてくる。水牛のチーズは予想以上にクセがなく、ブルーチーズは逆に舌全体に広がるような濃厚なクセを持つ。レーズンのブレッドとの相性もいい。

 そして、ようやくデザートとなる。洋ナシのコンポートは、サバイヨンという泡立てたソースがかかったもので、これにアルコールを飛ばしたシェリー酒をかけて食べる。洋ナシ本体の味もさることながら、このソースが甘くて濃厚。そして、これにシェリー酒をかけると別の方角でのしっかりとした甘さが加わる。

 タルトとソルベは、タルトの中に入ったイチジクの味よりも、タルトの上に乗ったナッツとチョコの味が印象的。ソルベはまるでアルコールが入っているかのような芳香なのだが、これがバラの効果らしい。食感はフローズンヨーグルトに似たような感がある。

 コーヒーか紅茶と共に出される小菓子はジャスミン茶のチョコとカリンをラードで固めたもの(もう一つについては失念)。特に、ジャスミン茶のチョコは口どけがものすごく早く、持っているだけで溶けてしまうというぐらいのもの。味も含めて非常に印象的。

 こんな具合にコースが終わると、最初の頃に感じたポーションが小ささによる不安は、いつの間にかなくなっており、適度な満腹感を得ることができた。そして、食後には邸宅内を案内してもらうことに。
 メインダイニングの隣にある応接間の窓に設置されているステンドグラスは、アメリカ製のもの。また、邸宅の二階に上がると、ハウスウェディングや大規模なパーティーの際にしようされるという部屋を数多く見ることができる。

 料理の中で一番印象に残ったのが、実はイベリコとチーズだったというのはあるが、こういった場所に来ることそのものが食の経験値としては貴重なものだと思う。